クリスマスは何とか暖かい平穏さだったれど、年末年始は冷え込むそうで。
雪がなかなか降らないとぼやいてたスキー場は大助かりかも知れないが、
皆様が帰省したりバカンスへ飛び込む頃合いこそ忙しい職種には、あんまり嬉しい話じゃあなくて。
「クリスマスも結構バタバタしてましたもんね。」
「そうだったよね。」
ナオミのリクエストで降誕祭のお祝いケーキを焼いたのだけど、
ナイフ入れたのは翌日のお昼だったものと、背中合わせになってた谷崎がややぼやき。
「わあ、じゃああのケーキって。」
そのお昼時に、寮のお部屋で鏡花と向かい合って食事していたところへ
“おすそ分け”と持って来てもらったケーキを思い出し、
敦がまだまだ幼いお顔をほころばせる。
それは丁寧な出来で、お味も程よい甘さの絶品だったの思い出しつつ、
「谷崎さんて何でも出来るんですねぇvv」
とっても美味しかったシフォンケーキ。
生クリームのデコレートも凝っていて、てっきりお店で購ったものかと思ってたと。
無邪気に口にした敦だったのへ、
「大したものじゃあないよ。」
いやあの、そこまで言われる出来じゃああと、
ぼやいたついでに言ったことなのに思わぬ褒められようが返って来たのへ、
謙遜気味に照れてしまった先輩だったが、
【 わあ良いなぁ。私も食べたかった、谷崎くんのケーキ。】
二人の耳元で、不意打ちのよに 此処には居ないお仲間の声が囁いて、
あわわっと二人の背条がついつい伸びる。
テラコッタ風の赤レンガを敷きつめられた遊歩道の一角、
二つずつのベンチが背中合わせに並んだ古いレンガ倉庫の立ち並ぶ広場にて、
それぞれに読書中、編み物中という体を装って座ってた探偵たちであり。
【 こらこら、一緒に跳ね上がったら怪しいじゃないか。】
死角がないようにとそういう配置になっているのに、
同時にそんな反応を示してどうする、
お仲間同士と気づかれては何にもならないよ、なんて。
そうなるように狙った悪戯だったくせにしゃあしゃあと言うものだから、
「太宰さんこそ何してくれるんですか。」
「そうですよ。びっくりして何段目まで編んだか忘れたじゃないですか。」
え? そっち?と。
谷崎の言いようへ 敦のみならず太宰までもが “え?”と目を点にしたのもご愛嬌。
【 …まあいいか。そろそろそっちへ標的が向かうよ。
符丁の受け渡し、くれぐれも見逃さないようにね。】
「はい。」
「判りました。」
本日の武装探偵社のお務めは、
とある取引に先立って、関係筋二者の使い同士が“符丁”を受け渡すのを
見届けた末に、出来ることなら気づかれぬよに横取りすること。
此処で踏ん縛ってしまっても、別なやり方でつなぎを取るだけだろうし、
何より警戒されて取引の日時を変えられてしまう。
せっかく取り引きの情報を突き止めたのだから、
当日取っ捕まえてブツと資金と双方の主要だろう顔ぶれを一斉検挙した方がお得というのが
参加を依頼してきた軍警の目論見らしく、当日割り込むなら横取りなぞしなくてもよさそうなものだが、
『なに。それほど仲良しな組織同士でもないらしいのでね。』
相手を信用しきってないものか、それとも単なる腰抜けだからか、
本物の符丁でないと爆発しちゃうなんていう、
どっかで聞いたよな仕掛け付きのコンテナだったら、徴収した後での対処に困るだろ?と。
悪戯に挑むような口ぶりで笑った太宰だが、
「笑い事じゃありませんて。」
「そうですよ。その符丁、本当にフラッシュメモリの暗号型なんでしょうね。」
なので、何とか隙を見て掠め取り、しかもしかも情報だけ頂いて返すという、
彼らならではな離れ業を駆使する予定でもあって。
【 返すところまでやってのけられるからこそ、私たちにお鉢が回って来たのだしねぇ。】
ちなみに、ここでいう“符丁”とは、
相手が約束した本物かどうか確認するための目印のようなもの。
闇夜に紛れて相対すよな取引の折、
相手の身元を証拠立てるものとして使う身分証のようなもので、
顔見知りでも変装の名手が化けたものかも知れないし、
そもそもからして陣営をそれほど知らないとか、
取り引きこそするが陣容の顔まで明かす気はないというよな関係の場合に用いられる。
幹部でも下っ端でも知らぬ、それを持ってくる奴と交渉するという、
考えようによっちゃあ乱暴な理屈だが、
何の そこまでの段取りが慎重なのでそれが通用しもするわけで。
その“符丁”を先んじて受け渡しするとの情報を得、
「あんなややこしい作戦、成功しなきゃあ良かったんだ。」
【 気持ちは判るが、そりゃないよ、敦くん。】
これもまた“いつぞや”に、
今回の符丁のようなアトランダムな暗号を使う鍵の情報を掠め取るという任務があった。
あくまでもそれを使うことを気取られないためという目的のためだったれど、
人様のものを掠め取るとか、超合法的な手だったがために、建前的に軍警がやるわけにもいかず、
グレーゾーンの仕事が回って来るいつもの伝で探偵社が請け負ったという訳だったのだが。
「あの時だって、ガサ入れからしてボクらがやってれば
あんなドツボにハマらなかったろうに。」
【 それを言っちゃあ お終いだよ、谷崎くん。】
当時のすったもんだを思い出してか、
そういう…秘密裏に潜入とか 逆に大混乱中という場にての隠密な任務には向いている
異能“細雪”を操る谷崎がむうと眉を寄せたれど、
【 あくまでもガサ入れをしましたっていう公式な段取りで得た
情報なり証拠なりじゃあないと意味をなさない場合だったしね。】
組織壊滅とか、取引妨害とか、
結果が付いてくりゃいいということならどこぞのマフィアと一緒。
そんな悪事をだが封じたという結果を公開し、
そういう悪徳の輩がいることや、だが、対峙できる存在有りと知ら示し、
牽制という効果をももたらさにゃあ意味がないらしいよと。
語尾が他人ごとな辺りが皮肉っぽい 太宰の言いようへ、
ありゃまあなんて苦笑した敦が、はっとして表情を引き締める。というのも、
「…谷崎さん。」
「うん。」
暢気な会話が出来ていたのも、
今日はまださほどに冷え込んでいないからか、人出が結構ああったため。
ちょっと前まではクリスマス向けの “マルシェ”とやらが出店していたこのレンガ広場は、
時機を逸すと華やかな見どころなんてまるでない場所だが、
それでも ヤマシタ公園や埠頭の狭間にあるという立地条件もあってのこと、
通り抜けるという格好での人の行き来は絶えないところであり。
そんな中を さりげない態度ながらも微妙に冴えた雰囲気をまとったまま やって来る人物を敦が見つけ、
一方では谷崎もその相手だろう存在に気が付く。
本日の接触は、重要なものではあれど本命のそれの前段階だからか、
目立っては何にもならぬと主要な面子は出て来ない模様。
そういう顔ぶれがよそで宴席やら年末の挨拶やらへと出向く隙を突き
接触するらしいという情報も余裕で得ているこちらとしては、
目ぼしい存在へそれぞれの拠点から出て来るところへ
目印としての発信機をさりげなく取り付けており。
その反応も受信できてる、間違いない該当人物が向こうとこちらからやって来るのを各々で拾い上げ、
「…。」
すいと立ち上がる動作にも時間差をつけるため、
編み物をトートバッグへかたづける谷崎に先んじて まずは敦がベンチから立ち上がる。
こちらへやって来る側の片やはシックないでたちだが、
今日はさほどの風もないせいか、極寒用ではなさそうな軽めの外套をひるがえしての颯爽とした足取り。
もう片やは、微妙に趣味も異なる格好、
いかにも普段着ですというシンプルなPコートにざっくりした編み目のバルキーセーター。
デニムだろうか少々だぶついたズボンを合わせた手ぶらなお人で。
ただ、やや大きめの偏光眼鏡をかけていて、そこがちょっと違和感になっている。
変装慣れしていないのかなと思いつつ、でも、そちらこそ第一ターゲットと定めたそのまま、
一応はと相手の方をもう一度見やった敦が、
「…っ。」
あっと声が出そうになって、慌てて顔を逸らしての斜め下を向く。
そうこうするうちにも、問題の二人が擦れ違った。
よくある小芝居、ぶつかってしまっての愛想を交わし合うとかいう段取りもない、
何事もなかったかのよに、さっさかと擦れ違った二人だが、
見落とさないよう注視していたのだ、見落としはない。
颯爽とした歩みに合わせて裳裾が優雅にたなびていた外套姿の側が、
さりげなく手を伸べ、相手の外套の大きめの衣嚢へと何かをすべり込ませていて。
“よしっ。”
受け取った側をこそ追わねばならぬが、
こちらはこちらでそういう段取りだったの、大きく間違えてか取り違えてか、
“…え?”
さっさか歩み去った “手渡した側”の方へと反応してしまい、
そのまま歩み出してった敦だったのへ、
え?え?と谷崎があたふたしかかる。
最近では単独任務もつつがなくこなせるようになってたはずなのに、
そりゃあ危険な敵要塞への潜入なんてな危険な任務もやっつけてしまえて、
何とも頼もしいなと思っていたのに何でまたと、
「? 敦くん?」
焦ったように小声を掛けた谷崎だったが、
【 良いよ、谷崎くん。敦くんには向こうを追わせよう。】
「え?でも…。」
そんなことをしたら警戒される。
あっちの相手は何も知らないまま返すのが賢明だろうにと、
インカムから聞こえてきた太宰の声へも困惑したものの、
【 大丈夫さ。恐らく、大事にはならない。】
まあ、後でのお説教は要るけどねと付け足した太宰の声も、
気のせいだろうか、やや堅いそれではあったれど…。
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